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 占星術アストロナインのトップ > 占いコラム > 月の生来的な吉凶の判定方法(番外編)
 

占いコラム37

【 月の生来的な吉凶の判定方法 〜番外編〜 】

楠 正晴

占いコラム35および占いコラム36では、月の生来的な吉凶の判定方法について説明しました。その後某インド占星術関連サイトでアップされた2006/03/06 (月)付けの記事には、その内容について、「反論のポイントが外れている」との指摘がなされていました。

しかし、この指摘には次の2つの問題があります。

(1)某サイトでは、問題点となっていた記事を加筆修正し、新たな記事において、その修正後の記事を基に反論している。しかも、その加筆修正した事実には一切触れていない。

この加筆修正については、以前の記事をプリントアウトしていた人がその事実について教えてくれました。特に問題となる部分について後ほど説明します。

(2)こちらの見解を理解しないまま、逆に「ポイントの外れた反論」が展開されている。

前述の加筆修正で主張が変わっていることに加え、こちらの見解が理解されていないまま、逆に「ポイントの外れた反論」がなされているように感じます。

月の吉凶に関するアストロナインの見解

ここでは、占いコラム35および占いコラム36で説明した「月の生来的吉凶の判定方法」の要点をまとめました。

月の光が大きくなる10日間(満月の前後それぞれ5日間)の月は大吉星です。この10日間には、満ちていく月だけはでなく、欠けていく月も含まれています。これは、必ずしも「月の満ち欠けの相」が、「月の光の強弱」に優先されているわけではないことを示しています。それどころが、その記述内容から「月の光の強弱」を極めて重要な要素としていることは明らかなはずです。

とはいえ、この光の強い10日間において、満ちていく月のほうが欠けていく月よりも素晴らしいことは確かです。このことは、以前引用した『サーラーヴァリー』に記載されている通りです。

もし出生時の月が、鮮明な光をもち、明るくなるサイクル(シュクラパクシャ)にあり、しかも満ちているならば、その人は比類なき王となる。

月の光の弱い残りの20日間については、それぞれ新月から10日間の満ちていく月は吉星、そして新月に戻るまでの残り10日間の欠けていく月は凶星となります。

月を弱い吉星として定義している古典が存在していることを考えると、たとえ光が弱くても、光が増していく方向にあるシュクラパクシャの月が吉星となることは理にかなっています。ただし、その場合でも、新月の直後など月の光が極度に弱いときには慎重な判断が必要でしょう。

それから、満月を過ぎて光が弱く、さらに光が弱くなる方向に向かっている月が一般的に凶星とされていることも自然なことといえるでしょう。なぜなら、それは2つの悪い条件が重なっているからです。

しかし、この月の吉凶については、それ以外にも考慮すべきことがあります。月は、他の惑星の影響を受けやすい中立的な要素を持っているため、水星と同様、アスペクトなど他の惑星の影響によって吉凶が左右される傾向にあります。これについては、以前『ブリハットジャータカ』を引用して説明した通りです。

月のダシャーの結果は、太陽からの距離による強さ、およびアスペクトなどで月が受けている影響の種類によって異なる。(『ブリハットジャータカ』)

その中でも、一般的に凶とされる光の弱いクリシュナパクシャの月については特に注意が必要となります。これについても、以前『ジャータカパーリジャータ』および『サティヤジャータカ』の記述を引用しました。

3番目の10日間の月にはまったく強さが無いが、もし月が吉星からのアスペクトを受けるなどして良い状態にあるときは良い結果がもたらされるだろう。(『ジャータカパーリジャータ』より)

※「3番目の10日間」とは、クリシュナパクシャの新月に至るまでの10日間のことを指しています。

水星とクリシュナパクシャの月は凶星と関わると凶意を帯びる。(『サティヤジャータカ』より)

ところで、「月の光の強弱」と「月の満ち欠け」の両方を考慮するこの3分類(各10日間)は、古典に示された大まかな分類に過ぎません。実際の適用に際しては、どの期間(各10日間)内においても、月の光の強弱の度合いによって吉凶の度合いにも違いが生じることに注意しなければなりません。これについては、古典にもその記述があります。以下に『パラディーピカー』の記述を引用します。

残りの10日間(クリシュナパクシャの6番目からアマーヴァーシャまで)には、月は、減弱しはじめ、ますます弱くなっていく。(『パラディーピカー』)

※「アマーヴァーシャ」とは、月の満ち欠けの相の一番最後である新月のこと。

この「減弱しはじめ、ますます弱くなっていく」という表現の中に、たとえ同じ期間内にあっても、太陽との距離の違い(月の明るさの違い)によって、月の力が段階的に減じていく様子を感じ取ることができます。

これまで説明してきた月の吉凶の判定方法は、単に古典に記載されているというだけでなく、長い間に渡って多くの占星術家によって検証され続けてきたインド占星術の基本原則です。

したがって、これは個人的な見解ではないので、それをアストロナインの見解というのは大変おこがましいのですが、別の見解を「インド占星術における一般的な吉凶定義」といっているサイトがあるため、ここでは便宜的に「アストロナインの見解」とさせていただきました。

いつの間にか優先度が論点に

某インド占星術関連サイトは2006/03/06 (月)付けの記事で、アストロナインの見解について、「出生のホロスコーで月の生来的吉凶を判断する技法の優先度が、こちらの考えと異なる」といっていますが、これは本来ありえない指摘です。

※「技法の優先度」という言葉は不適切です。それをいうなら「原則の優先度」というべきでしょう。たとえば、『月の満ち欠けの相による吉凶分類』や『月の光の強弱による吉凶分類』は、どちらも原則(principle)であり、技法(technique)ではありません。言葉の定義を曖昧にすると、説明や議論も曖昧になります。

なぜなら、アストロナインでは月の生来的な吉凶を判定する際に「月の満ち欠けの相」および「月の光の強弱」といった2つの基本原則を両方とも考慮する方法について説明していますが、それは特に「優先度」の違いについて説明したものではないからです。

たとえば、占いコラム35では、「『シュクラパクシャ』と『クリシュナパクシャ』を識別することが、月の生来的な吉凶を判定するための出発点となります。」と書きましたが、それは吉凶を判定する手順について触れたものであり、優先度について触れたものではありません。

一方、某インド占星術関連サイトは、修正前の記事(2006/02/10)で「月の基本的な吉凶分類という場面においては、月の満ち欠けという相ではなく、月の光の強弱が判定基準となる」と主張しています。

※この記述は、後から加筆修正されていますが、それについては後ほど取り上げます。

その上、同じ記事の中で「『 満ちていく月(チャンドラ)は有益、欠けていく月(チャンドラ)は有害 』という定義がされてるいる英語のインド占星術の本は、専門用語を一般用語として誤読をしない限りは、存在しないのではないでしょうか。」とまで言っています。そこに優先度の問題が入り込む余地は無いはずです。

それが、なぜ、いつの間に優先度の問題になったのでしょうか?

満ちる月と欠ける月のエネルギーの質の違い

月の満ち欠けのサイクルは、ちょうど人の一生にたとえることができます。

新月になってすぐの月は生まれたばかりの赤ん坊のようなものです。その中に潜在的な生命力は秘めていますが、何ごとかを成し遂げるための力はまだ持ち合わせていません。

新月から満月に向かい、月の光が徐々に大きくなるにしたがって月の力は強くなっていきます。この時期の月は、少年から青年に相当します。これらの時期は、社会に出て活躍するだけの実力はまだ備えていませんが、内側にこれから成長していくための潜在的なパワーを豊富に秘めています。

満月を中心とした前後それぞれ5日間(合計10日間)の月は働き盛りの中年にたとえられます。社会でもっとも活躍できるのは、活力があり、経験豊富で、確かな実力をもっている中年の人です。

最後の10日間の月は、だんだんと力が衰えていく老年期に相当します。この時期においても、最初の頃はまだ力がありますが、だんだんと太陽に近づき、光が弱くなればなるほど、生命力が弱くなっていきます。それでも、吉星からのアスペクトなどによる良い影響を受けると、まだ良い作用を及ぼす力が残されています。

このように、満ちる月と欠ける月の相による区別は、月のエネルギーの質という意味において重要であり、それが月の吉凶の違いにも影響を及ぼしているのです。

この月の満ち欠けの相は、ジャータカ(出生の占星術)はもちろんのこと、物事を開始する瞬間の吉凶を判断するムフールタ、あるいは日々の生活における吉凶を判断するパンチャーンガ(インド式カレンダー)において、極めて重要な役割を果たしています。

インド占星術において、月は、もっとも重要な惑星とみなされています。なぜなら、月は、心や生命力を表し、現実世界における成功や幸福にもっとも深い影響を及ぼしている惑星だからです。

実際に月がホロスコープ全体に与える影響は非常に大きく、その判定を誤ると、ホロスコープのリーディングにおいて大きなミスをしてしまう原因ともなりかねません。

インド占星術において月に関連する原則が非常に多いのはそのためで、実際、月の状態については、いろんな要素を分析して、できるだけ微細に判断することが必要なのです。

「満ちていく月は吉、欠けていく月は凶」

2006/03/06 (月)付けでアップされた某インド占星術関連サイトの修正前の記事には以下の記述がありました。。

『 満ちていく月(チャンドラ)は有益、欠けていく月(チャンドラ)は有害 』という定義がされてるいる英語のインド占星術の本は、専門用語を一般用語として誤読をしない限りは、存在しないのではないでしょうか。

もちろん、『満ちていく月、欠けていく月』という月の分類法も、インド占星術のホロスコープ・リーディングにおいて重要な役割を果たすことがあります。

しかし、月の基本的な吉凶分類という場面においては、月の満ち欠けという相ではなく、月の光の強弱が判定基準となるのは、ほぼ間違いの無いところだと思います。

月の吉凶分類において、「月の光の強弱」が重要な要素となることについてはもともと異論がありませんが、「 満ちていく月(チャンドラ)は有益、欠けていく月(チャンドラ)は有害 」という定義がされている英語のインド占星術の本が存在していないというのは事実に反しています。 これはインド占星術では常識とされる古典的な原則です。

このような誤った認識が広まることを危惧し、占いコラムの35では、インド占星術による一般的な月の吉凶の判定方法について説明することを試みました。

さらに、占いコラム36では「満ちていく月(チャンドラ)は有益、欠けていく月(チャンドラ)は有害 」 と定義がされている「英語のインド占星術の本」が存在していることの客観的な証明として、インド占星術の古典の記述を多く引用し、それに解説を加える形をとりました。

インド占星術古典の原文はサンスクリット語で記載されていますが、市販されている古典の多くには英語訳が併記されています。

古典を尊重するインド占星術家

インドの優秀な占星術家たちは、古典に記されている原則を非常に重視しています。たとえば、K.N.ラオ氏は、古典に記述されている原則をドグマとしてとらえることなく、その古典の記述を柔軟に解釈し、それを現代的にどのように当てはめるかについて独自の研究を行っている尊敬すべき占星術家です。

また、優秀な外科医でもあるDr.K.S.チャラク氏は、古典の原則を尊重する占星術家で、彼の著書は古典からの引用が多いのが特徴です。

ところで、K.N.ラオ氏は、その著書の中で、主要な古典群の中にインド占星術のエッセンスや重要なヒントが豊富に含まれていることについて言及しています。

個人的にも、古典を学ぶようにアドヴァイスされ、K.N.ラオ氏本人から信頼できる古典のリストをわざわざ書き出していただいた経験があります(その中には、英語訳されているものだけでなく、ヒンディー語訳しか出版されていないものも含まれていました)。

ちなみに、K.N.ラオ氏は、その著書『Astrology, Destiny and the Wheel of Time』の中で、太陽に近すぎない月を吉星、弱くて傷ついている月を凶星と定義していますが、これはインド占星術の古典における一般的な見解と何ら矛盾するものではありません。

そもそも、K.N.ラオ氏は、特定の古典を基にして、インド占星術をわかりやすく解説しているのであって、すべての原則を一冊の著書に盛り込んでいるわけではありません。これは、考慮すべき原則が多いインド占星術においてはむしろ当然のことといえるでしょう。

それとは逆に、一つの著書で「月の満ち欠けの相」について触れていないからと言って、それはその著者が「月の満ち欠けという相」を考慮していないという根拠にはなりません。

ところで、インド占星術の古典については、いくつかの注意点があります。

古典の中には、他の古典に記載されている知識を前提としていることが多いので、できるだけ幅広く学ぶ必要があります。一部の古典の内容を神聖視して、その一言一句を逐語的に解釈するというようなドグマ的なとらえ方は禁物です(これは、現代の占星術書についてもいえることです)。特に、古典は、英訳される段階での誤訳の問題にも注意する必要があるでしょう

古典を読むには、その記述の行間を読む努力が必要で、そのためには幅広いインド占星術の知識が欠かせません。表面だけを読んでいると、著者の意図をとらえ損なう危険性があります。

時には、一つのテーマについて、それぞれの古典の間で明らかに矛盾する記述が存在していることもあります。ただし、その場合でも、実際には、それぞれ違った条件下でそれが成立する場合もあるので、矛盾する内容については、特に慎重に検討する必要があります。その場合、実際のホロスコープを使った検証が必要不可欠であることは言うまでもありません。

そのため、インド占星術を学ぶにあたっては、ある程度の段階からは古典の知識は必須となりますが、入門者や初心者の段階では、現代の優秀な占星術家の著書から学んだほうが無難でしょう。

反論のポイントがずれている?

アストロナインが占いコラム35および占いコラム36をアップした後、某サイトの記事(2006/02/10)は、次のように加筆修正されています。

『 満ちていく月(チャンドラ)は有益、欠けていく月(チャンドラ)は有害 』という定義がされてるいる英語のインド占星術の本は、専門用語を一般用語(または西洋占星術用語)として誤読をしない限りは、存在しないのではないでしょうか。

もちろん、『満ちていく月、欠けていく月』という月の分類法は、インド占星術でもムフルタ(西洋占星術のエレクショナル)や医療占星術において、その吉凶に重要な役割を果たしています。

しかし、出生のホロスコープにおける月の基本的な吉凶分類という場面においては、満ちていく月や欠けていく月ではなく、月の光の強弱が生来的吉凶を判定する基本となります。

まあ実占的な付け加えをするならば、生来的凶星とコンジャンクションしたり、アスペクトを受けたりしていなければ、月は積極的な生来的凶星としての作用はかなり弱めとは言えます。

前述の引用文と比較すると、記述内容がかなり変化しているようです。この後に出された2006/03/06の記事では、加筆修正された上記の記述を引用した上で、次のように続けています。

という記述を読めば、『月の吉凶には、月の光の強さと、月の満ち欠けの2要素が存在する。』ということ、『出生のホロスコープにおける月の生来的吉凶は、月の光の強さを基本とする。(しかし満ち欠けを無視するわけではない)』ということを述べているのは、明らかなはずです。

それに対して、『月の満ち欠けと、月の光の強さと、どちらが生来的吉凶を決める方法として、正しいんですか?』という質問は、適切な回答を生じさせません。

自分の記事の内容を加筆修正することはもちろん自由です。しかし、加筆修正後の記事を根拠にして、「反論のポイントが外れている」と指摘するのはおかしいと思います。しかも、その加筆修正した事実に一切触れていないことも問題です。

また、占いコラムを書くきっかけとなったアストロナインへの質問は「『月の満ち欠けと、月の光の強さと、どちらが生来的吉凶を決める方法として、正しいんですか?』という質問」ではありません。

実際は、アストロナインで採用している「月の満ち欠けの相」と「月の光の強弱」を両方とも考慮する月の吉凶判定の方法と、「月の満ち欠けの相」による月の吉凶分類は英語の誤訳からくるものであって、月の吉凶においては「月の光の強弱が判定基準となる」という某サイトの説とで、どちらが正しいのかという質問でした。

ジェームズ・ブラハ氏の見解

某インド占星術関連サイトの2006/03/06の以下の宣言(?)には、以下のように書かれています。

○○占星術研究所では、英語に翻訳されたインド占星術の古典からの抜粋集を背景とした某サイトや、ジェームズ・ブラハ氏の見解よりも、これらインド占星術生え抜きの実占家と同じ見解に達していることを、ここに明示したいと思います。

これによると、彼らの見解は、月の生来的吉凶の判定において、「月の光の強弱」および「月の満ち欠け」の両方を考慮するアストロナインの見解やジェームズ・ブラハ氏の見解とは異なるそうです。

アストロナインとしては、彼らが「生え抜きの実占家」と言っているK.N.ラオ氏と見解が違うという認識はまったく無いのですが、某インド占星術関連サイトではそのように受け取っているようです。これについては後ほど説明します。

占いコラム36では、現代の著名な占星術書にも「満ちる月を吉、欠ける月を凶」と定義している例があることを示すため、ジェームズ・ブラハ氏の著書『Ancient Hindu Astrology for the modern Western Astrologer』の記述を引用しました。今回は、同じ記事を以下に引用し、誤解の無いように、これに少し解説を加えようと思います。

出生時において月が満ちていっているのか、欠けていっているのかを識別することは非常に重要です。なぜなら、欠けていく月は凶とみなされ、満ちていく月は吉とみなされるからです。

しかしながら、ここには微妙な問題が存在しています。というのは、満ちる月(明るくなりつつある月)は、新月からほんの少し経過しただけかもしれず、その場合はまだ非常に薄暗い状態にあるからです。 同様に、欠ける月(暗くなりつつある月)であっても、満月からほんの少し経過しただけで、実際にはまだ極めて明るい状態にあるかもしれません。そのため、この問題については特に慎重な姿勢が必要です。

「微妙な問題」とは、まだ十分に光が強い月は欠けていく月でも吉星であり、逆に光の弱い月は満ちていく月でも吉星としての力を十分に発揮できないことを意味しています。ここでは、「月の光の強弱」が「月の満ち欠けの相」以上に重要になる状況があることを示しています。

しかし、次の2点は、常に心に留めておく必要があります。すなわち、満ちる月と欠ける月との間には極めて確実な質的違いが存在しており、後者はマレフィック(凶)であり、前者はベネフィック(吉)であるということ。そして、その月が明るければ明るいほど影響力が強くなり、その月が暗ければ暗いほど影響力が弱くなるということです。

満ちる月と欠ける月の「質的違い」については、このページの「満ちる月と欠ける月のエネルギーの質の違い」に説明しています。

それから、ここでいう「影響力」が吉星としての影響力を指していることは文脈から明らかですが、この点を誤解しないように注意してください。たとえば、光の強い欠ける月は、影響力の強い凶星になるわけではありません。ここは、すでに説明した「微妙な問題」に該当します。

そして、ジェームズ・ブラハ氏は、満月に近い明るい月の素晴らしさについて、次のようにコメントしています。

また、明るい月は、その在住やアスペクトにより、その強度において、木星に匹敵する影響をもたらすということも理解する必要があります。それゆえに、満月は、西洋占星術では非常に困難な影響を及ぼすとされているものの(太陽と月のオポジッションとなるため)、ヒンドゥー占星術では、全ての占星術的な状況の中で、もっとも素晴らしく好ましい配置の一つとされているのです。

このように、明るい満月のことを「全ての占星術的な状況の中で、もっとも素晴らしく好ましい配置の一つ」と最大級の賛辞を送っていることから、ジェームズ・ブラハ氏が月の光の強さを特に重視していることがわかります。これまで引用して説明してきたジェームズ・ブラハ氏の見解は、実践的に通用している上に、主要な古典の記述内容とも一致しています。

何のための評価?

ところで、某サイトでは、 「Z.アンサリ氏、Dr.K.S.チャラク氏、J.N.バーシン氏、K.N.ラオ氏は、○○占星術研究所が現代の実占家としての実力を認めているインド占星術家」として高く評価する一方で、ジェームズ・ブラハ氏については、実占家というより「占星術ライター」という評価に過ぎないようです。

某サイトでは、「ブラハ氏の使用しているインド占星術の技法に関しては、ムーラトリコーナの度数を始めとして、○○占星術研究所と意見の異なる部分が存在しています。」とした上で、次のように続けています。

したがって○○占星術研究所では、英語に翻訳されたインド占星術の古典からの抜粋集を背景とした某サイトや、ジェームズ・ブラハ氏の見解よりも、これらインド占星術生え抜きの実占家と同じ見解に達していることを、ここに明示したいと思います。

つまり、某サイトでは、自分が引用した文の著者を「インド占星術生え抜きの実占家」と高く評価する一方、ジェームズ・ブラハ氏についてはその著書があまり参考にならないほど評価が低いようです。

ジェームズ・ブラハ氏と意見の異なる部分があることについては問題ありません。アストロナインでも、ジェームズ・ブラハ氏の見解と異なる部分があります。たとえば、彼は、ニーチャ・バンガ・ラージャ・ヨーガについて作用を感じられないと言っていますが、これについては疑問をもっています。「ムーラトリコーナの度数」にも間違いがあるかもしれません。

しかし、それは全体としてみたときに、占星術家としての実力に疑問を生じさせるほどのものではありません。それどころか、彼のホロスコープ・リーディングからは、占星術書の著者としての適性や、実占家としてのレベルの高さを感じとることができます。

ジェームズ・ブラハ氏に対するK.N.ラオ氏の評価

ちなみに、某サイトが「生え抜きの実占家」として認めているK.N.ラオ氏は、占星術書の著者としてはもちろん、実占家としてもジェームズ・ブラハ氏を非常に高く評価しています。

K.N.ラオ氏は、USAに滞在していた間、ある人のホロスコープ・リーディングに他のインド占星術家たちが失敗する中、ジェームズ・ブラハ氏だけが非常に卓越したリーディングを行ったエピソードを著書の中で紹介しています。この人物は、K.N.ラオ氏がよく知る人物で、K.N.ラオ氏自身もこの人に同じ予言をしていたそうです。

このエピソードに触れた上で、K.N.ラオ氏は、ジェームズ・ブラハ氏こそが、USAにおいて、素晴らしい占星術のリーディングを行える唯一のアメリカ人のインド占星術家であるというラオ氏の友人の意見に賛成しています。

また、K.N.ラオ氏は、ジェームズ・ブラハ氏の著した『Ancient Hindu Astrology for the Modern Western Astrologer』について、「彼は、しっかりとしたアプローチ、科学的な心の傾向、そして明快な表現により、楽しく読むことができ、教育的で、よく整理された本を書いています。彼の根本的なアプローチは素晴らしい。」と絶賛しています。

さらに、「ブラハ氏は、チトラパクシャ・アヤナーンシャ(ラヒリ・アヤナーンシャ)を使い、インドの占星術をわかりやすく、段階的に教えています。それは私が、USAに住んでいるインド占星術書の著者として彼を最も高く評価する理由です」とも言っています。

誰が、誰を、どう評価するかは、評価する人の自由です。しかし、理解しがたいのは、某インド占星術関連サイトが、「ムーラトリコーナの度数」のような些細な問題にこだわってジャームズ・ブラハ氏を低く評価し、その著書の記述の信頼性に疑いをもつような発言をする一方で、K.N.ラオ氏をはじめ大多数のインド占星術家が使用しているラヒリ・アヤナーンシャと1度以上もずれる独自のアヤナーンシャを使用しているJ.N.バーシン氏を「生え抜きの実占家」として高く評価していることです。

アヤナーンシャが1度以上も違えば、実占においては非常に大きな問題が生じます。分割図が変わり、ダシャーによる時期の予測は大幅に変わるため、正確な未来予測はほとんど不可能になるはずです。

そこに、自己の主張を正当化するための作為的なものを感じるのは私だけでしょうか?

※J.N.バーシン氏の著書には有益な情報もあり、全部を否定するつもりはありません。念のため。

月は夜とシュクラパクシャに強い

某インド占星術関連サイトの2006/03/06の記事では、以下のようにDr.K.S.チャラク氏の記述を引用した上でコメントを加えています。

In case of a night birth coinciding with the waxing phase(Shukla-Paksha) of the Moon, and day birth coinciding with the waning phase(Krishna-Paksha) of the Moon, the adverse placement of the Moon gets completely cancelled.

ここでは、『(もし昼生まれなら、)欠けていく月の生まれによって、月の悪い惑星配置が完全にキャンセルされる。』と述べられています。

したがってインド占星術の占星技法では、単純に『満ちていく月は吉星で、欠けていく月は凶星。』という扱いは出来ないようになっています。

このDr.K.S.チャラク氏の記述は、古典的な原則の一つです。この原則について、『ジャータカパーリジャータ』には次のよう記載があります。

シュクラパクシャの夜あるいはクリシュナパクシャの昼生まれで、凶星と同時に吉星からアスペクトされているならば、6室か8室に在住していても、あらゆる苦悩の下にある父親のように、その月は新生児を保護する。(『ジャータカパーリジャータ』第4章第75シュローカ)

「クリシュナパクシャの昼生まれ」の月が保護作用をもつことについては、一見すると、「シュクラパクシャの月は吉、クリシュナパクシャの月は凶」というインド占星術の基本原則に矛盾するように思えますが、実際はそうではありません。

たとえば、インド占星術には、「3室・6室・11室に在住する生来的凶星は、有益に作用し、保護作用をもつ」という非常に重要な基本原則があります。しかし、だからといって、それらのハウスに在住する生来的凶星が生来的吉星に変化するわけではありません。凶星は凶星、凶ハウスは凶ハウスです。

また、たとえば、ヴィーパリータ・ラージャヨーガという惑星配置があります。これは、6室・8室・12室といった凶ハウスの支配星がそれらの凶ハウスに在住するときに成立するもので、非常に素晴らしい配置とされています。実際にこのような原則は、非常によく作用しています。

ここでは詳しく説明しませんが、たとえば、実際のホロスコープを見ていると、6室の支配星が12室に在住しているスポーツ選手はとても勝負強く、特にその惑星の時期に海外で活躍する傾向があります。だからといって、6室・8室・12室が凶ハウスであるという基本原則まで変わるわけではありません。

この他にも、インド占星術には特殊な原則は数え切れないほど存在しています。しかしその特殊な原則を理由に、より根本的な原則が否定されるものではありません。むしろ、それは基本原則のもとに成り立っていると考えるべきでしょう。

上記の原則もそれと同じです。クリシュナパクシャの昼生まれの月が保護作用を持つからといって、満ちる月が吉で欠ける月が凶という基本原則までを否定する必要はありません。たとえば、「シュクラパクシャの昼生まれの月」が、それだけの理由で凶星になるということもありません。この点について、誤解の無いように注意してください。

「Waxing Moon」と「Waning Moon」の意味

「この月に生来的吉凶分類について、英語の誤訳から生じたと思われる吉凶解釈が、一部で定着しているようです。」(某インド占星術関連サイトの2006/03/06の記事より抜粋)

この「英語の誤訳」とは、「Waxing Moon」を「満ちていく月」、「Waning Moon」を「欠けていく月」と翻訳することを指しているようです。

しかし、インド占星術の古典が翻訳されるときに、「シュクラパクシャ(満ちていく月)」が「Waxing Moon」、「クリシュナパクシャ(欠けていく月)」が「Waning Moon」として翻訳されることは実際によくあることです。そのため、単純にこれを誤訳と決めつけることはできません。

とはいえ、何事にも例外はあるものです。たとえば、「月の満ち欠け」と「月の強弱」を両方組み合わせて、どこからどこまでが吉でどこからどこまでが凶なのかを表現することは面倒なことです。著者によっては、新月を過ぎていても光が弱いものを「Waning Moon」と表現し、満月を過ぎていても光がまだ強いものを「Waxing Moon」と表現することもあるようです。同様に、注釈をつけた上で、別の定義をしている著者がいても不思議ではありません。

どちらにせよ、これらの用語については、混乱して使用されているのが実態のようです。このように混乱の多い部分については、前後の文章や注釈などから、その著者が「Waxing Moon」あるいは「Waning Moon」をどういう意味で使用しているのかについて慎重に見極める必要があるでしょう。

 

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